鳳華の未来学 オフィシャルブログ

今!変わらなければならない世の中に対しての熱い思いを書き綴っています。新しい世界に革新を与える「宇宙的倫理観」をお読みになってください。今までにない切り口のメッセージは、データとスピリチュアルそのものです。

神様はいると思いますか?

「神様はいると思いますか?」

A:いない
B:いないと思う
C:いる
D:家族みんないると思ってる

この会話は、先日バケーションで行われた神主さんのセミナーでの一コマでした。

神主さんによると、その人の生まれた環境とかによって、神様を身近に感じる習慣がついているかいないかということだそうです。

『なるほどね!』

 神様は、環境がつくる習慣によって身近に感じるものなんだ~

私は、2011年に行った九州ゼロツアーでの、宮司さんの声を思い出しました。
天照大御神を祭っている、天岩戸神社を訪れた時のことです。

「今から天照大御神の住んでいらっしゃったところへご案内します」
宮司さんは、神社の対岸にある、こんもりと木々が生い茂った山を指差して、
「あそこに天照大御神は住んでいらっしゃいました」

f:id:ouka-miraigaku:20180614000341j:plain

私は、その時にびっくりした感覚が未だに残っています。
『えっ、アマテラスさまって、人間だったの?』
宮司さんは、何のためらいもなく、天照大御神は人間だったということを告げています。

その時に、私は神様という感覚が違うんだと気がつき始めるんです。
その頃の私は、古事記に出てくる天孫降臨の物語を、面白い面白いと読みふけり、

『こんなことができるのは、作り話か?それでなかったら、神様だからだ!』 

そう思い込んでいったんですね。
でも、そこには、思い込みの大きな落とし穴があったと、気がついたのですよ~

『今さらね・・だけど、今だからね・・』

実は、天岩戸神社の宮司さんが、いとも簡単に 
アマテラスは人間だと言い切れるのは、すごいことなのですよ。

人は、疑問にぶち当たって、自分の次元では理解不能なことに出会うと、
考えることをやめてしまう傾向にあります。

そして、それ自体を、あるわけないと決めてしまったり
それを話している人を嘘つきにするか、宇宙人に仕立て、変人に仕上げてしまいます。 

自分たちに理解できないことは、自分のそばに置きたくないのかもしれませんね。
自分の安全領域を侵す者として、排除してしまうのでしょう。

古事記の話も、同じだとわかったのですよ。

あるわけない、そんなの信じられない、人間業じゃないと思うものは、
「神様だからね」と、
神の仕業に仕立て上げて、自分とは隔離してしまったのですよ。
古事記の中に出てくる神様たちが、みんな、人間だったら~?
そう考えてみました。

そう考えたら、ゾクゾクとしたのですよ・・・
それはそれは、すごい偉業ですから 

天孫降臨は、人間が行ったからこそ、すごい偉業なのです。
体を持った人間には限界があります、だけど、
その限界を超える生き方を見出した方々が、神様として伝えられてきたのです。 

f:id:ouka-miraigaku:20180614000428p:plain

世の中では、自分たちの限界の中で、起きている現象を決めつけてしまっています。

奇跡を起こすという現象にしても同じことです。
奇跡なんか神様でもなければ起こすことはできない~なんてね!

超常現象を神様や宇宙人のせいにして、
人間の限界を決めてしまわないでください。

みんな、人間なのです。
その人たちが、神様って呼ばれるようになったには、
人並み外れた 個性を発揮していたのだと思います。

すごく、やりたいことがあった人たちなのだと思います。
そこに宇宙の法則が動いて、超能力のような奇跡が頻繁に訪れたのです。

そう考えると、
21世紀人というのは、神様になれる人たちのことを言うのだと思いませんか?

f:id:ouka-miraigaku:20180614000517j:plain

個性ある神様たち!

現代は、新たな古事記をつくる時が訪れているような気がします。
失われた、日本の歴史~~~が創られる! 

日本でも外国でも、世の中で発掘され出している、秘宝の数々、
マチュピチュや地上絵、ピラミッドの壁画、日本列島の縦断層上の神社、などなど・・

これらもきっと みんな人間が起こした行動の結果だったと思ったら、
もっと私たちの祖先たちに、敬意を表することができるようになるでしょう!

人間だからこそ出来ること、
それが“今を生きている”ということなのではないのでしょうか?

神様は、もっと身近である。

だから自分の環境や習慣のなかに現れるのでしょうね 神主さん!